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この映画で描かれている台湾の家庭の風景は、日本と中国とが奇妙に調和している。畳、床の間、障子などの調度類は日本式。「台湾やくざ」が談合するシーンでお茶(中味は確認できないが、鳥龍茶と思われる)を出すときに使われる、丸っこい陶器の急須と縦長の茶碗も、まさしく日本の家庭と同じだ。それなのに、お茶の注ぎ方は、高くさし上げた急須からドボドボと豪快に注ぐ中国式。実は、かなり奇妙な光景なのだ。 それというのも、この映画が、'45 年に日本の敗戦によって解放されてから、'49 年に国民党政府が台北に成立するまでの4年間という、激動期の台湾を舞台にしているから。物語は、時代に翻弄される、ある一家の変遷をつづる。半強制された日本化生活。しかし、長年受け継がれてきた習慣は消えるものではなく、子供が生まれた祝いの席で、あるいは老父や長男がひとりでお茶を飲むシーンなどは純中国式だ。 中国茶の正式な入れ方は、大きめの器の中に小さな急須と茶碗をおき、茶葉をはみだすほど入れ、熱湯をたっぷり注ぐ。こぼれたお茶は、外側の器で受ける。初めの1杯は茶碗にかけて温めるためで、実際に飲むのは2杯めからだ。だが家庭では略式のことも多く、この映画でも、老父は茶碗を温めていったんお茶を捨てていたが、長男は1杯めをいきなり茶碗に注いでいた。急須はみがいて茶渋でつやを出し、大切にする習慣で、映画でも長男が、お茶を入れる前にていねいに急須をみがいていた。 |
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また、四男・文清の家で、同居人の妹・寛美が、客に手作りの中華ちまきをふるまうシーンもほほえましい。日本でも端午の節句を祝ってちまきを食べるが、もとは中国から伝わったものだ。中国南方から台湾のちまきは、もち米の中に炒めた肉や栗、卵などを入れて蒸すボリュームのあるもので、日常気軽に食べる点心のひとつである。 この一家は、全編を通してさまざまな事件に巻き込まれる。かなり悲惨な境遇にあっても「我れ関せず」と、いつも黙々と長い箸を動かして食事をしている老父の姿が印象的だ。そして、ラストは家族の食事風景。長男は出入りしていた賭博場での抗争に巻き込まれて死に、次男は行方不明のまま、三男は精神錯乱、四男は逮捕されて消息を絶つ。それでも、老父は食事をする。錯乱した三男も、孫たちも食べる。まるで、何ごともなかったかのように……。 |