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「私の映画はすべて私の人生のある季節のシルエットである」と語っているように、この作品が、フェデリコ・フェリーニ監督自身の体験だということは、あまりにも有名である。「アマルコルド」とは「私は覚えている」という意味だ。フェリーニの故郷である北部イタリア・リミニ地方の方言で、すでに死語となっているという。フェリーニにとって、生涯忘れられない1年間の出来事を追っているが、春を迎える祭り、小さな港町にやってくる豪華船、ムッソリーニのファシズム旋風、精神を病んだ叔父が引き起こす騒動など、少年フェリーニの一家にとって、激動のであったようである。 少年の家族は両親に祖父、叔父夫婦、そして弟の7人なので、食卓はいつもにぎやかである。ある日の食事には、大きな寸胴鍋で作った熱いミネストローネがスープ皿に注がれていた。子どもたちは何かと叱られるし、大人たちもそれぞれに大きな声で自分の話をするものだから、あまりおだやかな食事風景には見えない。 |
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スープのあとのメインディッシュは、鶏肉を煮込んだ料理。いつもと少し違う味つけだったらしく、「ミントを入れた?」「ミントじゃなくてセージよ。でも、いつもと違うのがわかった?」などどいう会話が交わされる。ミントは、すっきりとさわやかな香りを楽しむハーブで、生の葉をデザートにあしらったり、ハーブティーで味わうほか、ラム肉のローストにはとても相性がいい。この日話題に登ったセージは、上品な甘い香りとほのかな渋みが特徴で、肉料理によく使われるものだ。 春一番が吹く野原が美しいラストは、少年が憧れていた年上の女性のウエディング・パーティーのシーンだ。広々とした草原にテーブルを出し、真っ白のテーブルクロスに料理とワインが並ぶ。人々の祝福と幸福そうな花嫁の横顔。フェリーニの記憶の中に、これらの風景がはっきり刻まれていたことを、改めて感じる。 |