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舞台は現代のパリ。登場するのも、新しい世代のフランス人を象徴するような青年、ローラースケートで部屋の中を歩きまわるベトナム人の少女、そして謎の助っ人的存在の男など。話の展開もアップテンポで爽快だが、それ以上に人物描写や状況設定が面白い。 美しく、知的で、最高の美声の持ち主といわれる黒人オペラ歌手シンシア・ホーキンス。その歌声にしびれ、シンシアを「歌の女神ディーバ」と崇拝し、身も心も捧げている主人公ジュ−ルは、18才の郵便配達夫だ。コンサ−トとなればボルド−、ミュンヘンにでもバイクで追っ掛けをする。シンシアのソプラノはコンサートでしか聴くことができない。なぜなら、彼女は自分の歌声をレコーディングしないからだ。ジュールは、パリでのコンサ−トでチャンスとばかり、彼女の歌声を盗み録りする。そのテープが、売春組織の秘密を暴いた録音テープと交錯し、国際的麻薬売春組織、海賊盤レコ−ドの闇グル−プなどが入り乱れるスリルとサスペンスの展開になっていく。 |
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スト−リ−の面白さはもちろんだが、ここではジャン=ジャック・ベネックス監督が映し出すパリ的美学のワンカットをご紹介したい。謎の助っ人ゴロディッシュ( 彼は、のちにジュ−ルを窮地から救うことになる) が、ベトナム人少女アルマと暮らす、だだっ広いシュ−ルなロフトには、真っ白なバスタブに巨大なジグソ−パズル、波のオブジェ。ここでの彼の料理シーンが、ちょっと有名である。 まず、水中眼鏡をかけ、シュノ−ケルをくわえて玉ネギを刻む。玉ネギと涙との関係を、完全に断ち切ろうとしているのだろう。さらに、彼はシュノ−ケルを口からはずし、水中眼鏡を上げて、真剣な面持ちでバゲットを手に取る。バタ−を塗る行為は、彼にとって料理というより「悟りの境地」というべきか。「パンの中身は新しすぎず、古すぎず」のものを選び、バターは「温度が大切」。「ナイフは薄すぎず、厚すぎず」と、彼ならではのこだわりを解説。あざやかな手つきでバゲットを一気にかき切り、自己陶酔しつつ、バタ−をていねいに塗っていく。まさに「バタ−を塗る瞬間の禅の境地」なのだ。つぎはキャビア。冷蔵庫から取り出した特大のキャビア缶は、アルマがどこからか失敬してきたものだ。キャビアはさりげなく、むしろ大ざっぱに塗るのがいいらしい。さて、その後冷蔵庫からシャンパンが出てくれば、いうことなしなのだが……。 |